五味政明

Masaaki GOMI
Silky Painting®


工房セレニテ主催
個展

10月25日(木)〜 1
0月31日(水)
午前 11:00 〜午後 7:00



東京・目白で懐かしいような場所に出会いました。
中庭にある小さな池の傍らのギャラリー。

この 内側に開かれた空間 で、
2018年の個展を開くことになりました。

中世ポリフォニー音楽が流れる中
ゆったりとご鑑賞いただけると思います。





Gallery鶉(じゅん)


〒171-0031 東京都豊島区目白2-8-1 
TEL/FAX 03-3971-0784


JR目白駅より、徒歩約6分
東京メトロ副都心線・雑司ヶ谷駅より、徒歩約5分




『この星の色』
五味政明 絵画展


「雪の青」

夕焼けの後、朝焼けの前、空は清らかに青く澄み渡る。
薄明の中、この星の色が見えてくる。

我々は青い世界の住人なのだろう。










1951年東京生まれ 武蔵野美術大学卒

滞欧22年 初期フランドル油彩画技法を学ぶ
デッサンからの技法体系を 『絵画ノート』 としてまとめる

独自の油彩画技法 Silky Painting® (光層画)をひらく
スペイン・ベルギー・フランス・日本にて作品発表

2009年ベルギーより本帰国
縄文の面影を求め 日本の原風景を描き続ける




Chalons-sur-Marne


近代の色面による油絵が、
色彩理論と日本の版画に触発されて生まれたとしても、

暗部を線に収斂させれば、
ステンドグラスへの回帰にも見える。


明暗と色彩との課題をかかえて、
油彩画家
はこれから何処に向かい得るのだろう。

ある条件下では、赤と白の光で投射した
白黒画像を重ねると、寒色も見えるという


このEdwin H. Land の驚くべき実験結果から
半世紀たった今、

あらたな地平は、色層を重ねていく初期フランドル
油絵技法をとおして見えてくるのかもしれない。







過去の個展







《東武百貨店池袋店》



2016 個展


『古代のひかり』
五味政明 絵画展

日本の古代を見つめると、重要な翡(ヒスイ)文化が
あったことがわかる。

縄文時代の翡翠製品は、三内丸山からも武蔵野台地
からも出土している。


文化の中心地は姫川。諏訪湖から構造線に沿って
日本海に抜けるところにある。

今でもそのあたりに行くと大地のエネルギーが
むき出しになっているのを感じる。


姫川の姫は古事記にも出てくる奴奈川(ヌナカワ)
出雲の大国主
(オオクニヌシノミコト)との子は
諏訪の神となった。


諏訪から姫川に至る風景は、古代のひかりに満ちている。



「姫川」




2015 個展

『自然栽培は美しい』
五味政明 絵画展





愛しむ心から生まれる自然がある




2013 個展

『やはらかな 夢』
五味政明 絵画展


浅間・珊瑚色




2012 個展

『やはらかな 夢』
五味政明 絵画展



みなも




2010 個展

『帰国記念展』
五味政明 絵画展


追分用水路








《東武百貨店船橋店》



2017 個展


『影も光』
五味政明 絵画展

日影や月影といえば、日の光や月の光をさすように、
日本での「影」は「光」を表した。

印象派が「影」の中に色を見出したのを受けて、
やわらかな「光」と「影」が、色の重なりの中で融け合う。



「葆光」 M40号




2016 個展

『Silky Painting® (光層画)』
五味政明 絵画展


函館湾 M20号








森に流れる時間


 『誠信プレビュー』 93 に寄稿



 個展開催のために一時帰国をしている。
雑木林の残る東京郊外で柿や赤とんぼを懐かしく見ていると、
小川の岸辺に突然目になじんだ光の塊があった。
近寄って見ると、西洋ブナの黄葉だった。



 ベルギーの森はブナが多い。
今頃は葉が落ちてしまっているだろうか。
ブリュッセルからワーテルローへと続く広大な森の東はし、
緑の谷(Groenendaal)を見下ろす丘に住み、
絵を描く毎日を送っている。

 緑の谷には、ベルギーに居た頃のロダンもスケッチに訪れている。
『フランスのカテドラル』の中でロダンも指摘しているように、
森と教会の姿を重ねるのは、ごく自然なことと思われる。

 森の中の泉や流れのほとり、ケルト・ゲルマン系の人々が集まった
神聖な場所に、キリスト教の教会も建てられていった。
内部には柱が林立し、
窓には木漏れ日のようにステンドグラスがはめられた。


 五月の初め、森にブルーベルの花が咲き、
ブナの若葉の美しさと共に幻想的な光景となる。
森のヒヤシンスと呼ばれる花は本来青いのだが、
新緑の黄緑が補色の紫を青の上に生み出し、青紫の絨毯になる。
一方、青の補色の黄色を受けて、新緑はますます輝く。

 ブナはナラほど堅くはないので、建材や家具材としてよりも
燃料として重要だった。
炭にして製鉄に使われ、木灰にしてガラスの材料にもなった。


 古代ゲルマン人は、ブナの木片に彼らのルーン文字を刻み付けた。
それゆえ英語のブナ beech と本 book とは同じ起源を持つという。
ベルギー北部(フランドル)の言葉フラマン語
(オランダ語に近いが、表記法が確立されていない)では、
ブナと本はまったく同じにブックと聞こえる。

 さらに、「読む」という意味のlezen(オランダ語表記)は、
フラマン語では同時に「祈る」ことも意味する。
本を読むということは聖書を読む
・・・すなわち祈ることだったのかも知れない。



 フランドルはケルトとゲルマンの混成地帯だった。
 言語学者H.クラーエによればケルト語とゲルマン語に限られた
共通語として、
森の聖地=礼拝堂があるという。
前者はガリア語で nemeton、後者は
古低地フランク語(フラマン語につながる)として
nimidas という言葉になるという。
ケルトとゲルマン共通の精神文化があったのだろう。

 フランドルからセーヌ川にいたる地域はフランク王国
メロヴィング期の中心地で、
7世紀にアイルランド系の修道士が修道院を開き、
12世紀にはゴシック芸術が花開いた場所でもある。


 私がこの地に住むようになったのは、フランドルこそ
油絵の発祥地であるからだ。
ここには、美しく輝くものとしての意味を持つ琥珀から、
ガラス工芸、七宝、ステンドグラスへと続く、
透明で深い光を放つ美術品の流れがある。
北ヨーロッパの乏しい光の中では、
輝くものへの喜びが特に強かったに違いない。

 フランドル初期油彩画もまた、その奥深い光をたたえて
この地に生まれた。
15世紀にファンエイク兄弟が油彩画技法の集成を果たしたとき、
人々はその輝きに驚いた。
技法の秘密のひとつとして、
琥珀を溶かして用いたという説も生まれた。



 14世紀のフランドルの神秘家ヤン・ヴァン・ルースブルックは、
当時のフラマン語で書かれた信仰の書を残しており、
トマス・ア・ケンピスの著とされる『キリストのまねび』との
繋がりも指摘されている。

 ルースブルックは「緑の谷」で観想生活を送った。

彼の思想は中世にとどまったわけではない。
フランドル生まれの『青い鳥』の作者、
モーリスマーテルリンクはルースブルックの著作を
フランス語に訳し、
その著『貧者の寶』のなかでルースブルック論を展開している。
そしてリルケはマーテルリンク論の中で、
『貧者の寶』の静かな高貴さについて述べている。

 15世紀フランドルはポリフォニー(多声音楽)の隆盛期としても
知られている。
オランダの歴史家ホイジンガが『中世の秋』の中で、
画家ファンエイクと緑の谷の神秘家ルースブルックを、
同じ精神圏に住むものとして結びつけた意味は、
フランドルに住み、ポリフォニーに親しむにつれて
次第に体感できるようになってきた。
透明な音の重なりが色の重なりとなって、
ルースブルックが求めた光の輝きとなる。

 ケルトゲルマンの資質が残る汎神性の強い
フランドルのキリスト教には、
今も樹木信仰が残っている。
森のはずれの教会に、かつてのご神木が一部、
祭壇裏に残されている。
手で触れることが出来るように、祭壇の後ろに回れる
構造になっていて、
人々は順繰りに撫でていく。



 ブナの根は浅い。強風が吹いた後は、森のあちこちに
倒木が見られる。
しばらくすると管理人が幹を切り出すが、根はそのまま残される。
やがて実生の小木(こぎ)が辺りに生えだす。

 日本にたびたび帰るようになったのは、高齢の身内と過ごす時間を大切にするためもある。
「生きているあいだに為し得ること」と
「生きているあいだには為し得ないこと」

 
美しいものに触れることは、限りある個を超えた、
遥かな永遠に繋がる感覚をもたらしてくれる。



2005年秋






「菩提樹」
フランク王国最初の砦の地